ハーグ条約への加盟と国内離婚への影響 – 久保井総合法律事務所

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2012年01月10日
コラム

弁護士:久保井 一匡

ハーグ条約への加盟と国内離婚への影響

現在わが国は,環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への参加をめぐって大変困難な選択を迫られている。いずれにしても,これからの日本社会の政治経済に大きな影響を与える重要な課題である。

 このような国際化の動きは,家族法の分野にも拡がっている。日本政府は,国際離婚に対するハーグ条約の加盟についてアメリカなどの外圧を受け加盟を表明し,現在その実施のための手続について外務省と法務省が作業中である。この条約は,正式には「国際的な子の奪取の民事面に対する条約」と呼ばれるものであるが,今から約30年前の1980年に採択され,現在86カ国が加盟している。その趣旨は,国際結婚が破綻し,子の親が他方の親に無断で自国に連れ去った子(16才未満)については,とりあえず元の居住国に返還し,親権争いなどの措置をその居住国の裁判所で決着させることが定められている。

 厚生労働省の人口動態調査によれば,2010年の国際結婚は約3万件にのぼり,他方国際離婚も約1万9000件で,国内結婚にくらべて離婚率が圧倒的に高い。そのような状況の中で国際結婚が破綻し,子供を連れて日本へ帰国という女性も少なくない。2011年10月アメリカでニカラグア出身の男性医師(39)と結婚した兵庫県の女性(43)が,アメリカで離婚訴訟中に長女(9)を日本に連れ帰ったとして,たまたま永住権の更新手続のためにハワイを訪れた際に子の誘拐罪と法廷侮辱罪で身柄拘束される事件が発生し,日本人に大きな衝撃を与えた。

 日本国内では結婚が破綻し,妻が夫の同意を得ないまま実家に子供を連れて帰ったとしても刑事上犯罪とならず,民事上も当然に返還を求められることはない。日本民法でも婚姻中は夫と妻は共同親権者であるから夫に無断で妻が子供を連れ去ることは合法とはいえない筈であるが,日本社会では,通常子の養育を妻が専ら行ってきた過去の実情があるため,裁判所も現状を尊重し,夫の手元に戻すことは子の利益に反すると考え,夫には月1~2回程度の子との面会交流の機会を与える程度で処理されている例が圧倒的に多かった。

 しかし,今日では日本でも事情が大きく変化してきている。つまり,最近の若い夫婦は,共稼ぎであるか否か問わず,夫と妻が共同して子供を養育することが通常のことになりつつある(ママよりパパの方が好きだという子も少なくない)。そのような実情を考えると,妻が夫に無断で子供を連れ去ることを合法とするわけにはいかず,夫から求められたときは,元の居住地に戻すこと,すなわちハーグ条約の前提とするような措置をとり,その上で面会交流・親権者の指定などの措置を決める時代を迎えるのではないかと思われる。

 そもそも,わが国民法では,離婚後は夫婦どちらかの単独親権とされているが,少なくとも離婚前は共同親権であり,また最近のように子の養育の実質的共同化が進みつつある現状からすると,子の利益のためには現状のような母親の養育権を事実上夫のそれより優先させるような実務は見直す必要があるように思う。そして,より根本的には離婚後も父母の共同親権とする民法改正が検討される必要があると考える。