情報提供義務について―民法改正議論と最判平24・11・27を踏まえて― – 久保井総合法律事務所

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2013年02月09日
コラム

弁護士:今村 峰夫

情報提供義務について―民法改正議論と最判平24・11・27を踏まえて―

1 民法(債権法)改正によって、現行民法には明記されていないものの、判例や有力な学説によって提唱されていた契約上の義務のいくつかが明文化されようとしています。今回はそのうちの1つである情報提供義務について説明します。

2 契約当事者間の情報や専門的知識に大きなアンバランスがある場合、契約の締結過程において、一方当事者から他方当事者に対して、信義則上、情報提供や説明の義務が課されることがあり、これを情報提供義務・説明義務として、講学上、議論されてきました。裁判例では、金融取引、保険契約、不動産取引、フランチャイズ契約、医療契約に関するものがあります。
 ここでいう情報提供義務、説明義務は、契約締結前の義務として議論されているものを意味し、コンサルタント契約のように、情報提供自体が契約の目的となる場合とは異なります。

3 情報提供義務を認める根拠としては、実定法上は信義則になりますが、大別すると情報提供義務を契約自由の原則を実質的に確保するための義務、すなわち、自己決定の前提となるべき契約環境を整える義務として捉える考えと当事者間の情報及び交渉力の格差を重視し、専門家責任又は消費者保護の立場から捉える考えに分かれているようです。

4 平成24年11月27日、最高裁第3小法廷は、借受人のメインバンクが、借受人の決算内容に疑念を抱き借受人に外部専門業者による決算書の精査を強く指示したうえ、その旨をメインバンクがアレンジャー(主幹事)となって組成している先行のシンジケートローン(協調融資の1つの類型)の参加金融機関にも周知させたという情報を、別のシンジケートローンを招聘したアレンジャーである金融機関が借受人から聞きながら、当該シンジケートローンの参加を招聘した金融機関に伝えなかったため、その招聘に応じて借受人に対する貸付を実行した参加金融機関からその後借受人が経営破綻して民事再生手続開始となったことから、損害を被ったとして、損害賠償請求をされた事案につき、注目される判決を下しました。同判決は、「アレンジャーから本件シンジケートローンの説明と参加の招聘を受けた参加金融機関としては、アレンジャーから交付された資料の中に、資料に含まれる情報の正確性・真実性については,アレンジャーは一切の責任を負わず、招聘先金融機関で独自に借受人の信用力等の審査を行なう必要があることなどが記載されていたものがあるとしても、アレンジャーがアレンジャー業務の遂行過程で入手した本件情報については、これが参加を招聘した金融機関らに提供されるように対応することを期待するのが当然といえる。」と判示して、アレンジャーは参加を招聘した金融機関に対し信義則上、本件情報を提供すべき注意義務を負うものと解するのが相当である、としてアレンジャーの不法行為責任を認めました。この事案については、一審の名古屋地裁判決は、アレンジャーは、メインバンクが借受人の決算書に不適切処理がある旨の疑念を有している事実などを知らなかったと認定したうえで、シンジケートローンに参加する金融機関はすべて自己の権限と責任で融資の可否を判断すべきでアレンジャーに情報提供義務を課すことはできないとしていましたが、二審の名古屋高裁判決は、アレンジャーは本件情報を知っていたと認定してアレンジャーの情報提供義務を認めていました。

5 この最判についてはどちらも金融機関という専門家どうしの紛争であったことから、従前の情報提供義務・説明義務の裁判例のように素人対専門家という構造の枠内で説明できるのか、学者の評論が注目されるところです。また、実務家としては、この最判の「アレンジャー業務の遂行過程で入手した本件情報」という表現からは、アレンジャーがシンジケートローンと別に独自に行なっていたプロパー融資の関係で知った情報は、情報提供義務の範囲外になると読めますが、アレンジャーの情報提供義務の範囲がどうなるのか、関心があります。
 さらに、アレンジャーはシンジケートローンの組成・実行後は、通常、貸付人兼参加金融機関の代表者(エイジェント)となって資金の授受や連絡などの業務を行ないますが、エイジェントになった場合にも同様に参加金融機関に対する情報提供義務が問題になるケースがあります。この場合、シンジケートローン契約書に細かな規定が設けられており、その解釈問題になりますが、少なくともエイジェントの参加金融機関に対する情報提供義務は、契約締結時の問題ではなく、契約自由の原則を実質的に確保するものでもありませんので、従前から議論されていた情報提供義務とは別の問題として、位置づけられるように思います。