新しい契約上の義務―損害軽減義務について― – 久保井総合法律事務所

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2012年01月07日
コラム

弁護士:今村 峰夫

新しい契約上の義務―損害軽減義務について―

1 民法(債権法)改正によって、現行民法には明記されていないものの、判例によって認められてきた契約上の義務や有力な学説によって提唱されていた契約上の義務がいくつか明文化されようとしています。情報提供義務・説明義務や再交渉義務もそのうちの1つですが、今回はあまり聞き慣れない損害軽減義務について説明します。

2 損害軽減義務という用語は、従前、3つの文脈で使用されていました。

 第1は、①相当因果関係をどの範囲の損害について認めるかという問題で、損害賠償算定の基準時の問題も含めて議論されてきました。最判平成21年1月19日民集63巻1号97頁は、ビルの店舗部分を賃借してカラオケ店を営業していた賃借人が、同店舗部分に発生した浸水事故に係る賃貸人の修繕義務の不履行により、同店舗部分で営業することができず、営業利益相当の損害を被った場合において、判示の事情の下では、遅くとも賃貸人に対し損害賠償を求める本件訴えが提起された時点においては、賃借人がカラオケ店の営業を別の場所で再開する等の損害を回避又は減少させる措置を執ることなく発生する損害のすべてについての賠償を賃貸人に請求することは条理上認められず、賃借人が上記措置を執ることができたと解される時期以降における損害のすべてが民法416条1項にいう通常生ずべき損害に当たるということはできない、としました。

 第2は、②過失相殺の問題です。「債務の不履行に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める」(民法418条)と規定されていますが、従前から、「不履行に関して」とは、不履行の発生に関する過失のみならず、損害の発生・拡大に関して過失があった場合も含むと解されてきました。

 第3は、③履行請求権の原則性への疑問を投げかける文脈で使用されています。物の引渡しを目的とする債務の不履行に際し、市場が存在する代替物の売買等、代替取引による代物の入手が容易である場合には、損害賠償が認められれば十分であり、強制履行までを認めるべきではないのではないか、との問題意識から、損害賠償法上の法理である損害賠償軽減義務に着目し、強制履行と損害賠償の原則例外関係の逆転を主張する見解がこの文脈で使用しています。

3 以上のような従前の議論をふまえて、民法(債権法)改正の基本方針では、①の関係で、債務不履行後に価格が上昇したときの算定ルールに関連して、債権者が代替取引をすべきであった場合については、損害賠償義務違反を理由として賠償額を減額する考え方を採用しています(民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本指針Ⅱ――契約および債権一般(1)』274~280頁(商事法務,初版,2009))。
 また、②の関係でも、損害軽減義務を明記しています(同書284~286頁)。
 しかし、③の関係では、代替取引可能性があるだけをもって、履行請求権を排除する考えは採らないことにしました(同書233~234頁)。

4 このように損害軽減義務は、複数の文脈で使用されていますので、今後の民法(債権法)改正の立法化作業を見守るにあたっても、注意が必要です。